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抗生物質は細菌感染症の治療に、画期的な貢献をしましたが、最近、多くの細菌が種々の抗生物質に耐性を獲得し、細菌感染症治療上重大な問題となって きました。その典型がメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)です。高知大学医学部では溶菌酵素(ライシン)を利用するMRSA感染症治療法を開発 しています。
バクテリオファージ由来溶菌酵素を利用する 多剤耐性黄色ブドウ球菌除菌法の開発 高知大学 助教授 松崎茂展 (医学部 感染分子病態学)
1.黄色ブドウ球菌感染症の現状 20世紀半ば、抗生物質の時代の到来により細菌感染症の問題は解決されたかに見えました。しかし近年多くの細菌が種々の抗生物質に耐性を獲得し、 細菌感染症治療上重大な問題となっています。その典型がメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(黄色ブ菌)(MRSA)です。MRSAは殆どの抗生物質に耐性を示し、 我国において毎年216,000のMRSA感染症が発生し、17,000人以上が死亡していると推定されております。更に黄色ブ菌の多剤耐性化は止まることを知らず、 MRSA感染症の特効薬バンコマイシンに対しても中等度耐性菌(VISA)、完全耐性菌 (VRSA) が出現し、黄色ブ菌感染症治療が今後更に困難になることが懸 念されます。このような現状を打開するためには、抗生物質とは異なる機序による黄色ブ菌感染症治療法の導入が重要です。我々は、バクテリオファージ (ファージ)が産生する黄色ブ菌特異的溶菌酵素(ライシン)を利用するMRSA/VISA/VRSA感染症治療法およびそれらの除菌法の開発を行なっています。
2.ライシンが黄色ブ菌を殺滅するメカニズム
黄色ブ菌細胞は細胞壁と称する強固な殻で被われており(図1左図)、20気圧にも達する内圧から黄色ブ菌細胞を保護しています。細胞壁を破壊すると、 この高い内圧のため黄色ブ菌は自壊(溶菌)します。ライシンは黄色ブ菌の細胞壁を極めて効率良く破壊する酵素です。ライシンを黄色ブ菌に作用させる と、生菌数は1分以内に100,000分の1以下にまで激減しました。
図1 ライシンの溶菌メカニズムと抗生物質と溶菌様式の比較
図1右図は、従来の抗生物質とライシンとの作用様式の比較を模式的に示したものです。マクロライド系等の抗生物質は、菌の増殖は抑制するものの、 溶菌は起こしません。一方、現在医療現場で最も使用頻度の高いペニシリン系、セファロスポリン系抗生物質は細胞壁合成を阻害することにより、投与後 多少時間をおいて間接的に溶菌を起こします。これに対し、ライシンはすでに細菌細胞に存在している細胞壁を直接的に破壊するため、作用直後から溶菌 活性を示し、即効的な治療・除菌剤になりうると考えられます。
ライシンは検討したすべての多剤耐性黄色ブ菌(MRSA,VISA,VRSA)を溶菌可能でした。その一方で、黄色ブ菌と拮抗的関係にある鼻腔や皮膚の常在菌 (表皮ブドウ球菌等)には全く溶菌活性を示さないので、常在細菌叢(これは病原菌の侵入からヒト守っていると考えられている)に影響することなく、 黄色ブ菌のみを特異的に殺滅できます。これは、抗生物質にはないライシンの利点です。
3.黄色ブ菌感染に対するライシン投与の有効性の動物モデルにおける検討 マウス鼻腔にMRSAを人為的に定着させた後、ライシン溶液を鼻腔内に滴下すると、鼻腔内のMRSA数は激減しました。また、腹腔内に致死量のMRSAを接種 し人為的に菌血症を起こしたマウスに、ライシンを腹腔内投与すると致死抑制が認められました。以上から、ライシン投与は、生体内において、黄色ブ菌 の局所感染症および全身感染症の両方に対して有効であると考えられます。
4.ライシンの安定性および調剤法
(1)ライシン溶液は4℃および室温で活性が低下することなく保存可能でした。またそのライシン溶液に皮膚保湿剤(マンニット、トレハロース等)を添 加しても、活性低下は認められませんでした。
図2 ライシン含有軟膏のMRSAに対する殺菌効果
(2)ライシンを凍結乾燥法により粉末状にしても、活性を失うこと無く保存可能でした。
(3)ライシン溶液を親水軟膏基剤(白色ワセリン、ステアリルアルコール、プロピレングリコール、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60、モノステアリン 酸グリセリン、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピル含有)と混合した場合も、溶菌活性への影響は全く認められません。
図2は軟膏基剤のみあるいはライシン含有軟膏を4℃1時間、10日間保存後 MRSA菌液と混合し、各時間での生残菌数を計測したものです。ライシン含有軟 膏基剤10日間保存サンプルは、1時間保存のサンプルと殆ど同一の溶菌活性を示しました。以上から、ライシンは軟膏剤として保存および使用が可能である と考えられます。
5.今後の展望
ライシンは液剤、噴霧剤として鼻腔や皮膚のMRSA除菌に、また軟膏剤として褥創等のMRSA感染症治療に使用可能と考えられます。動物実験での安全性確認の 後、各種倫理委員会での承認、十分なインフォームドコンセントのあと、ボランテアに対するMRSA除菌試験を行ないます。また液剤、粉末剤は吸引剤として MRSA肺炎の治療に使用できる可能性があり、動物実験により効果を検討します。
図3 柔軟剤のみ ライシン含有柔軟剤(10日間保存)
以上の治療、除菌剤としての研究以外に、ライシン結合マスクやフィルター作成等の可能性を検討し、環境中のMRSA除菌への応用を検討します。