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四国アイランドリーグの構想を持った話をさせていただきます。1996年に現役を40歳で引退いたしました。
僕のビジョンの中に、引退したら必ずアメリカに行くんだということを組み入れておりました。
日本に渡ってきた野球、ベースボールを知らないで野球は語れないと思いましたから、
まずアメリカに行ってどんな土壌の上に、どんな国民性の上に、文化の上に、このベースボールが生まれたのか。
まずは、それを知る必要があるだろう。 |
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スポーツ少年団から大学までの野球人口は、30年前となんら変わっていません。
今までプロ野球の供給源であった社会人野球が経済情勢の悪化とともに休廃部が相次ぎ、チームが減少し、
いわゆる企業スポーツの衰退が今、目についています。われわれも野球教室や講演等で子供たちに「夢や希望を持って頑張れ」
と励ましているのですが、一方で大人が夢を閉ざしてしまう。日本に若者が夢にチャレンジする場が絶対必要だろうと思いました。
今アメリカメジャーリーグを支えているのは、地方のマイナーリーグです。政令都市にメジャーがあります。
80万都市に2軍、50万都市に3軍、30万都市に4軍等々、そういった中で、20万都市、10万都市でもやはり野球による興行は
行われています。地元の方々が7時ぐらいになるとみんな集まってまいります。
お父さんが子供たちに「野球の見方はこうやって見るんだ。応援の仕方はこうするんだよ」と教えていきます。
その子供がロスやニューヨークに行って、同じようにメジャーリーグを見に行きます。日本で一番減っているのは、
向こう三軒両隣の野球好きな方々が減っているのです。それを四国リーグを立ち上げることによって、
四国の方々にもう一度野球王国を築いてほしい。ファンになってほしい。そういった方々が、新聞を、あるいはテレビを見て、
そして球場に行って見てくれる。いわゆる野球界のファンのすそ野の拡大も、なんとかこの四国の地からしていきたいという
思惑もありました。
今、高校から優秀なやつはプロに行きます。今、社会人野球が学卒ではないと取らないようになりました。 二番煎じのやつがプロを目指すためには、高校卒業したら大学に行くか、専門学校に行くしかない。 大学に行ってしまうと、4年間の授業料、あるいは硬式野球になって道具代、移動代、1,500万から2,000万円近くかかるらしい。 このお金を捻出できるご家庭が少ないと聞きます。それだったら18歳で卒業して野球をやりたいやつでプロに行けなかったら、 とりあえずアイランドリーグに来よう。2年やって、3年やって駄目だったら野球をすっぱりあきらめて、 それで勉強して大学に行こうと。18歳で高校を卒業して、やりたいことをまずやって可能性を探る。駄目だったら、 21歳で大学1年生という時代が来るのではなかろうかという気がしています。 今、野球界では、九州へ行ったソフトバンクが成功しています。北海道へ行った日本ハム、お客さんが入っています。
地域にいておらがチームという位置づけのほうがビジネスになるなということを感じます。
本当にヤクルト、横浜、西武は苦労しているのです。近い将来、ある面ではプロ野球に取ってかわるようなものが、
この四国の地にできるかも分かりません。 選手は、1年契約で月給12万円×1年=144万円。4月から10月までの半年間、野球をやらせている間は、
別途出しますので額面総支給額204万円です。これも来年以降、若干見直すことを考えています。
うちと契約すれば、月給6万、8万円もらえますよ。当然足りません。そのためにゲーム出場手当いくらというものを
考えましょう。ゲームに出れば出るほどお金がもらえる、稼げる。もう1つは、日本の文化の中に、寸志だとか、
おひねりというものがございます。例えば、「おい、石毛ナイスプレー」と言って、
スタンドから球場におひねりを投げたいけど届かない。それをどうしようか。来場していただく方々に、
100円から1,000円くらいのフリスビーを用意します。「おい、石毛、ナイスプレーだ」というときに100円のフリスビーが
球場を舞う。さよならホームランで勝てば、あっちこっちから「ナイスボールだ。いいぞ」と1,000円のフリスビーが
ぼんぼん飛んでくる。こうなるとチップで生活できるようになります。 100名の選手、監督、コーチ12名、職員十何名、総勢130名くらいの所帯でございます。この人件費、ならびにゲーム制作費、
球場使用料、バスの移動代、宿代、ボール代、グローブ代、いろいろな用具代含めて大体7億円強です。
これをまずはオフィシャルスポンサー、特に大きな年間何千万円というスポンサー料をいただいています。
また、チケット販売です。年間パス、入場料、あるいはグッズ販売等々で7億円近いお金を稼ごうという計算でございますが、
野球をやっている間はまだようございます。シーズンオフです。このへんがちょっとしんどくなるような計算です。
でもこの間、キャリアサポート制度といいまして、選手を働きに出します。地元の企業の方々に受け入れていただいて、
われわれが人材派遣の申請を出しまして、われわれの選手を地元企業に派遣しようと考えております。
4月29日、坊ちゃん球場で開幕をさせていただきました。選手100名、監督、コーチ、そしてアドバイザー、
巡回コーチの方々にグラウンドに来ていただきまして、お披露目をさせていただきました。
最後に僕があいさつをさせてもらいました。「今、グラウンドに立っている若者が日本の野球界の財産です。
自分の夢をつかむために人生をかけて戦う若者が日本の国の財産です。
われわれは、このアイランドリーグという花壇をつくることができた。その花壇に100粒の種がまかれ、その種は自ら芽を出し、
花をつけようと、これから努力していくことでしょう。花をつけるためには、ご来場いただいた方々、あるいは四国の方々の、
皆さんのより多い水も肥料も必要なんです。皆さんのお力添えによって花が四国の財産となるようにそんなリーグに
していただきたい。共に日本初めての独立リーグを四国の地から発信していきましょう」という話をさせていただきました。 何組かの老夫婦が帰りしな僕の手を握って、「石毛君、ありがとうな。われわれにこんな娯楽の場をくれてありがとう。
また応援に来るから。頑張れ」と言って帰って行ってくださいました。四国で良かった。
野球のDNAは立派に受け継がれている土地柄がある。何よりもお客さんが、
アイランドリーグの見方をみんな知ってくれている。今は未熟者でもいい。
だけど1,000円という入場料を払ってわれわれが若者に投資する。われわれが育ててやるんだ。頑張れ。
うまくなって、自分たちの夢が成就するように頑張れよ。そういった支援的なリーグであるということを皆さんがご存じでした。
それによってだいぶ助けられています。 コーチングという言葉が適用されるのは、30歳以上の方だと思います。 10代、20代まではまだティーチングが必要だと思っています。「おっ、石毛元気か?」 「うるせー。放っておけ。おれの人生、大きなお世話だ」「なんだその受け答えは。 せっかくおまえのことを心配して言ってやっているのに、そんな男は知らん。もう好きにせえ。 おまえの代わりはたくさんおるわい」。今の大人たちは心の中でそうつぶやいているだけなのです。 昔は、殴ってくる先輩がいました。しかってくれる先生や指導者がいました。基本的にあるのは、情熱と愛情です。 こいつをなんとかしてやろう。それにはエネルギーが必要です。今、そのエネルギーを使おうとする大人が少ないような気が してなりません。うちの監督、コーチは、このアイランドリーグでうちの選手に情熱を傾けて、 ティーチングをしてくれているものと信じています。 うちの事業は、若者がプロ野球選手になりたいという志を持っているから人が集まって、結果、事業になります。
将来的には、質が高まってもプロへ大体1割行けるか行けないかでしょう。
残りの9割の出口をどうするかが僕の仕事だと思っています。
この選手の出口をどうするか。そのヒントをくれたのが、ご当地、高知の「一俵入魂百勝の会」の方々です。
百姓は金がないけれど米はある。1人1俵出せ。1,000俵集めれば、金に換算すると2,000万円相当になるらしいのです。
大スポンサーです。
四国をなんとかしたいと強く思うようになりました。四国に人を集めよう。若者を集めよう。
地域づくり、まちづくりには、ある面では、若者の斬新なアイデア、恐れを知らないエネルギー、こういうものが必要だろう。
そしてまた四国に来る者、よそ者の評価。四国にはこんないいところがあって、こんな悪いところがある。
これをこうすればもっと良くなるじゃないか。客観的に判断する目も必要だろう。若者のエネルギー、よそ者の客観的な見方。
若者、よそ者、ばか者によって町はつくれる。地域おこしはできる。人が集まれば何かが生まれる。
それが新しい文化なのか、新しい流行なのか分かりませんけど、それは絶対生み出せるものです。 47歳でオリックスの監督を首になって、初めて自分のやりたいこと、構想みたいなものを持つことができました。
夢、多くの方が語るべきだ。それも大きな声で遠くに「おれはこんなことを思っている。聞いてくれ、みんな」、
それを聞きつけた人が、その夢や構想を成就するために、いろいろな知恵を広いところから集めてくれます。
そして、元気を出してみんなが響き合わせれば、そこに共鳴、共感が生まれる。日本は、四国は、元気になれると思っています。
夢や構想は大きな声で遠くに届ける。
その踏み出す動機付けが欲しくなったときには、高知ファイティング・ドッグスのゲームを見に来てください。
彼らは寒いときも、暑いときも、雨の中も自分の夢をつかむために一生懸命額に汗して戦ってまいります。
その若者の姿に何か刺激を感じてほしい。何か感動を感じてほしい。その感じたもので、
自らが一歩踏み出してほしいと思っています。できたばかりの、そしてスタートしたばかりのよちよち歩きの野球チームで
ございます。野球人を何人増やしたか、それが成功だとは思っていません。
「野球という事業が四国に来て、産業振興、地域振興につながって、いろいろな団体の横のつながりが良くなった。
みんなが元気になった。子供が礼儀正しくなった。ありがとうな、石毛」、
そのお言葉を一言いただいてわれわれの事業は地域密着、地元に根付いた事業だと思っています。 |
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