第3回経営革新セミナー 「野球にかける想い」

 四国アイランドリーグの構想を持った話をさせていただきます。1996年に現役を40歳で引退いたしました。 僕のビジョンの中に、引退したら必ずアメリカに行くんだということを組み入れておりました。 日本に渡ってきた野球、ベースボールを知らないで野球は語れないと思いましたから、 まずアメリカに行ってどんな土壌の上に、どんな国民性の上に、文化の上に、このベースボールが生まれたのか。 まずは、それを知る必要があるだろう。
 そのトレーニング期間中にフロリダで、日本人の若者で道具一つ、体一つでアメリカのベースボールにチャレンジし に来ている人間にたくさん会いました。「なぜ、日本の野球に来ない?なんでアメリカに来るんだ。 金にも苦労し、言葉にも不自由しているだろう?」「はい。そのとおりです。ですが、日本では野球ができませんでした。 大学にも社会人にも、当然プロにも行けません。だけど野球を続けたい」という真摯な姿がそこにありました。 でもアメリカのトライアルを受けても大体が不合格です。背中を丸めて球場を後にして出て行きました。 「かわいそうにな。やっぱり駄目だったか。次、頑張れ」と心の中で応援をしているのですが、 その若者がだんだん、だんだん遠くになるほど、丸まっている背中がしゃんとしてまいります。ここはチャンスがなかった。 次のチームだ。次は絶対に頑張るという、たくましい背中に変わっていきます。
 その後、高校、大学、社会人の現役プレーヤー、指導者の方々に会って、お話を聞きました。 「君たちの夢はなんですか」「プロ野球選手になることです」全員が全員、どんな下手くそでもみんな同じようなコメント をしました。監督、コーチは「今、彼らがプロに行く力はない。だけどもうあと2年、3年やらせたら、 可能性を十二分に秘めている若者はたくさんいる。こいつらは野球をする場所がないんだ。」 「日本版独立リーグをどう思われますか」「いいな、それ。ぜひともつくってくれよ」 その後、プロ野球球団経営者サイドのOBの方、現場のOBの方、ファン、マスコミの方に会って、いろいろ話を聞きました。 総論はみんなOKでした。「いい話じゃないか。頑張れ。だけど資金繰りがしんどいな」それが皆さんの感想でした。

 スポーツ少年団から大学までの野球人口は、30年前となんら変わっていません。 今までプロ野球の供給源であった社会人野球が経済情勢の悪化とともに休廃部が相次ぎ、チームが減少し、 いわゆる企業スポーツの衰退が今、目についています。われわれも野球教室や講演等で子供たちに「夢や希望を持って頑張れ」 と励ましているのですが、一方で大人が夢を閉ざしてしまう。日本に若者が夢にチャレンジする場が絶対必要だろうと思いました。
 うちの監督、コーチは12名います。そのうち4名が一時期、1軍、2軍のコーチの経験がちょっとございます。 残りの8名はそういう経験がございません。こういう人間が地元に帰り、あるいは今住んでいる地域の子供たちを集めて 野球教室やチームをつくって野球を指導してくれています。野球界の草の根的な地味な仕事をずっとしてくれていました。 彼らが「子供たちからいろいろなことを学んだ、教えてらった。それをもう少しレベルの高いところで教えたい。 どうかおれを使え」と言って名乗りを上げてくれました。いわゆるプロ野球界OBのセカンドキャリア的な受け皿として、 雇用を図れないかということを考えています。まだ12名でございますが、そのうちユースチームだったり、 ジュニアユースをつくったり、四国のみならず他の地域での事業展開も考えています。そういう面では、 何十人単位のプロ野球のOBの受け皿ができるかなと考えています。
 そして、私たちの大先輩。ご当地、高知県においては、須藤豊先輩にはアドバイザーとなっていただいています。 たまには地元の四国の子供たちの野球教室をしていただいています。巡回コーチには、広岡達朗さんをはじめ、 プロ野球界の監督、コーチを歴任された方が15名いらっしゃいます。 彼らは、自分が培ってきた野球理論や人生哲学を若者に伝えることによって、充実感、満足感を味わっていただける。 先輩の方々の充実感、中堅どころのセカンドキャリアの受け皿、そして若者が夢にチャレンジする場として、 日本版独立リーグは絶対日本の野球界に必要なんだと強く思いました。

 今アメリカメジャーリーグを支えているのは、地方のマイナーリーグです。政令都市にメジャーがあります。 80万都市に2軍、50万都市に3軍、30万都市に4軍等々、そういった中で、20万都市、10万都市でもやはり野球による興行は 行われています。地元の方々が7時ぐらいになるとみんな集まってまいります。 お父さんが子供たちに「野球の見方はこうやって見るんだ。応援の仕方はこうするんだよ」と教えていきます。 その子供がロスやニューヨークに行って、同じようにメジャーリーグを見に行きます。日本で一番減っているのは、 向こう三軒両隣の野球好きな方々が減っているのです。それを四国リーグを立ち上げることによって、 四国の方々にもう一度野球王国を築いてほしい。ファンになってほしい。そういった方々が、新聞を、あるいはテレビを見て、 そして球場に行って見てくれる。いわゆる野球界のファンのすそ野の拡大も、なんとかこの四国の地からしていきたいという 思惑もありました。
 もう1つ、大きな動機があります。かつて若者はスポーツを通じていろいろなことを身につけていきました。 先輩を気遣い、後輩をいたわり、そして同級生、仲間とは団結を強めていく。気遣い、気配り、目配り、礼儀、あいさつを 覚えてまいりました。このごろ社会現象になっている若年層のいろいろな事件の原因の1つに、スポーツの衰退、 特に団体スポーツの衰退が挙げられるのではないでしょうか。
 また、スポーツで培われる根性や忍耐も必要な時代だと今は思っています。 2年近く、四国をスポンサー集めで行脚させていただきました。オーナー経営者の10人中9人以上の方が、 「石毛、今の若者に何が足りないか分かるか」「何でしょうか」「根性と忍耐である」「そんなことを言ったら笑われますよ。 相手されません」「バカヤロー。おれたちが言うんだから間違いない。今の若者に足りないのは、根性と忍耐だ」。 われわれはスポーツや野球で培ってまいりました。日本の世直しはスポーツが手っ取り早いと思っております。

 今、高校から優秀なやつはプロに行きます。今、社会人野球が学卒ではないと取らないようになりました。 二番煎じのやつがプロを目指すためには、高校卒業したら大学に行くか、専門学校に行くしかない。 大学に行ってしまうと、4年間の授業料、あるいは硬式野球になって道具代、移動代、1,500万から2,000万円近くかかるらしい。 このお金を捻出できるご家庭が少ないと聞きます。それだったら18歳で卒業して野球をやりたいやつでプロに行けなかったら、 とりあえずアイランドリーグに来よう。2年やって、3年やって駄目だったら野球をすっぱりあきらめて、 それで勉強して大学に行こうと。18歳で高校を卒業して、やりたいことをまずやって可能性を探る。駄目だったら、 21歳で大学1年生という時代が来るのではなかろうかという気がしています。

 今、野球界では、九州へ行ったソフトバンクが成功しています。北海道へ行った日本ハム、お客さんが入っています。 地域にいておらがチームという位置づけのほうがビジネスになるなということを感じます。 本当にヤクルト、横浜、西武は苦労しているのです。近い将来、ある面ではプロ野球に取ってかわるようなものが、 この四国の地にできるかも分かりません。
 四国アイランドリーグで100名の若者がこの四国に来てくれています。100名が四国に来て、25名ずつ4県に分かれています。 自分の夢をつかむためにグラウンドで一生懸命やるのは当たり前だ。普段の生活もまじめだ。 休みのときには、地域に出てこんなこともやってくれているじゃないか。あいつらはいいやつだ。 そういう評価をいただかないと、われわれは地域密着とか、地元の方々に受け入れていただけない。 十二分によそ者ということを意識して生活してほしい。はりまや橋の近くに住んでいるのもいますが、 介良というところに住んでいる人間もいます。その地域、地域で、ほんのりと小さなぬくもりの輪が生まれきつつある、 また広がりつつあると聞いています。

 選手は、1年契約で月給12万円×1年=144万円。4月から10月までの半年間、野球をやらせている間は、 別途出しますので額面総支給額204万円です。これも来年以降、若干見直すことを考えています。 うちと契約すれば、月給6万、8万円もらえますよ。当然足りません。そのためにゲーム出場手当いくらというものを 考えましょう。ゲームに出れば出るほどお金がもらえる、稼げる。もう1つは、日本の文化の中に、寸志だとか、 おひねりというものがございます。例えば、「おい、石毛ナイスプレー」と言って、 スタンドから球場におひねりを投げたいけど届かない。それをどうしようか。来場していただく方々に、 100円から1,000円くらいのフリスビーを用意します。「おい、石毛、ナイスプレーだ」というときに100円のフリスビーが 球場を舞う。さよならホームランで勝てば、あっちこっちから「ナイスボールだ。いいぞ」と1,000円のフリスビーが ぼんぼん飛んでくる。こうなるとチップで生活できるようになります。
 野球が好きでやっている同好会的なチームでは、とてもスキルアップを図れません。 人が成長する、人が変わるという環境はやはり厳しい環境でないと変われないのではなかろうか。 男の平均寿命75歳のたかだか2年か3年ぐらい頑張れない人間が何、自分の夢をつかめるんだ。 あえて厳しい環境を用意しています。今、ありがたいことに専門学校に行っている若者が、あるいはクラブチーム、 同好会に行っている選手がうちに来たいと言ってくれます。もっと厳しいところで本当の野球を続けたい、 見つめたいんだと言って、トライアルに来てくれています。

 100名の選手、監督、コーチ12名、職員十何名、総勢130名くらいの所帯でございます。この人件費、ならびにゲーム制作費、 球場使用料、バスの移動代、宿代、ボール代、グローブ代、いろいろな用具代含めて大体7億円強です。 これをまずはオフィシャルスポンサー、特に大きな年間何千万円というスポンサー料をいただいています。 また、チケット販売です。年間パス、入場料、あるいはグッズ販売等々で7億円近いお金を稼ごうという計算でございますが、 野球をやっている間はまだようございます。シーズンオフです。このへんがちょっとしんどくなるような計算です。 でもこの間、キャリアサポート制度といいまして、選手を働きに出します。地元の企業の方々に受け入れていただいて、 われわれが人材派遣の申請を出しまして、われわれの選手を地元企業に派遣しようと考えております。
 地域密着によってどれだけの安定したファン層の獲得をするか。興行収入で安定的にしていくのが一番のこの事業のポイント だと思っています。 

 4月29日、坊ちゃん球場で開幕をさせていただきました。選手100名、監督、コーチ、そしてアドバイザー、 巡回コーチの方々にグラウンドに来ていただきまして、お披露目をさせていただきました。 最後に僕があいさつをさせてもらいました。「今、グラウンドに立っている若者が日本の野球界の財産です。 自分の夢をつかむために人生をかけて戦う若者が日本の国の財産です。 われわれは、このアイランドリーグという花壇をつくることができた。その花壇に100粒の種がまかれ、その種は自ら芽を出し、 花をつけようと、これから努力していくことでしょう。花をつけるためには、ご来場いただいた方々、あるいは四国の方々の、 皆さんのより多い水も肥料も必要なんです。皆さんのお力添えによって花が四国の財産となるようにそんなリーグに していただきたい。共に日本初めての独立リーグを四国の地から発信していきましょう」という話をさせていただきました。
 ゲームが始まり、記念すべき第一得点はレフトのエラーによって生まれました。 その瞬間、「えっ、なんや?」という声が漏れました。レベルが低いなという反応でした。 それでも開幕に詰めかけてくれた7,000名のお客様は、3時間15分のゲームを誰一人、途中で退席することなく見て帰ってくれました。 その姿にうちの選手が感動したのか、ゲームを終わってすぐ、「お客さんを送り出そうや」と言って、 全員ゲートに並んで送り出しました。「ありがとうございました。また来てください。頑張りますから」 「うん。また来るぞ。次、頑張れな」と言って握手や写真撮影やサインをしました。 そういった今、NPBにはないファンとの触れ合いがここに生まれています。

 何組かの老夫婦が帰りしな僕の手を握って、「石毛君、ありがとうな。われわれにこんな娯楽の場をくれてありがとう。 また応援に来るから。頑張れ」と言って帰って行ってくださいました。四国で良かった。 野球のDNAは立派に受け継がれている土地柄がある。何よりもお客さんが、 アイランドリーグの見方をみんな知ってくれている。今は未熟者でもいい。 だけど1,000円という入場料を払ってわれわれが若者に投資する。われわれが育ててやるんだ。頑張れ。 うまくなって、自分たちの夢が成就するように頑張れよ。そういった支援的なリーグであるということを皆さんがご存じでした。 それによってだいぶ助けられています。
 そういった未熟者の選手たちの集まりですから、選手のみならず監督、コーチも、そしてこのリーグの代表であります 石毛自身が一番の未熟者だと思っています。いろいろな会議をするときに、あるいは社長と交渉するときに、 僕はその場で決裁できないことがたくさんありました。自分が惨めに思いました。何も知らないな。 「すいません。分かりません。ちょっと時間ください。勉強してきますから」。未熟者は未熟者と認識することによって、 いろいろなことを学んでいこう、努力していこう、具体的な行動がとれるようになる。近い将来、 このリーグすべてが「成長しているね」という評価をいただけるようにしていきたいと思っています。

 コーチングという言葉が適用されるのは、30歳以上の方だと思います。 10代、20代まではまだティーチングが必要だと思っています。「おっ、石毛元気か?」 「うるせー。放っておけ。おれの人生、大きなお世話だ」「なんだその受け答えは。 せっかくおまえのことを心配して言ってやっているのに、そんな男は知らん。もう好きにせえ。 おまえの代わりはたくさんおるわい」。今の大人たちは心の中でそうつぶやいているだけなのです。 昔は、殴ってくる先輩がいました。しかってくれる先生や指導者がいました。基本的にあるのは、情熱と愛情です。 こいつをなんとかしてやろう。それにはエネルギーが必要です。今、そのエネルギーを使おうとする大人が少ないような気が してなりません。うちの監督、コーチは、このアイランドリーグでうちの選手に情熱を傾けて、 ティーチングをしてくれているものと信じています。

 うちの事業は、若者がプロ野球選手になりたいという志を持っているから人が集まって、結果、事業になります。 将来的には、質が高まってもプロへ大体1割行けるか行けないかでしょう。 残りの9割の出口をどうするかが僕の仕事だと思っています。 この選手の出口をどうするか。そのヒントをくれたのが、ご当地、高知の「一俵入魂百勝の会」の方々です。 百姓は金がないけれど米はある。1人1俵出せ。1,000俵集めれば、金に換算すると2,000万円相当になるらしいのです。 大スポンサーです。
 この方々からヒントを得て、うちの卒業生を、農業、林業、漁業の第一次産業に従事させたらどうかなと考えています。 うちの卒業生、縁あって四国に来てやっかいになった。その縁を大事にして、 うちを首になっても四国に残って第一次産業に従事させていこう。せっかく先祖伝来のいい田畑がありながら、 農家の人がお年を召すことによって野良仕事が思うようにいかない。生産量が落ちてしまっている。 うちの卒業生の若い力をそこに送り込もうと思っています。そのうち、立派な農業人になれるかも分からない。

 四国をなんとかしたいと強く思うようになりました。四国に人を集めよう。若者を集めよう。 地域づくり、まちづくりには、ある面では、若者の斬新なアイデア、恐れを知らないエネルギー、こういうものが必要だろう。 そしてまた四国に来る者、よそ者の評価。四国にはこんないいところがあって、こんな悪いところがある。 これをこうすればもっと良くなるじゃないか。客観的に判断する目も必要だろう。若者のエネルギー、よそ者の客観的な見方。 若者、よそ者、ばか者によって町はつくれる。地域おこしはできる。人が集まれば何かが生まれる。 それが新しい文化なのか、新しい流行なのか分かりませんけど、それは絶対生み出せるものです。
 田舎やふるさとを振り返ったときに、「おれの町には、こんな文化があって、こんな歴史があるんだ。 夏にはこんな祭りでにぎわっているよ。何よりも今はNPBじゃないけど、四国アイランドリーグだけど、 日本で初めてできたこういったプロスポーツによって、県民、市民が一つになって盛り上がっているよ。いいだろう」、 よそに発信できる、よそ様に誇れるような、あるいはそういった地元のより所になれるような、 そんなリーグができたらいいなと思っています。

 47歳でオリックスの監督を首になって、初めて自分のやりたいこと、構想みたいなものを持つことができました。 夢、多くの方が語るべきだ。それも大きな声で遠くに「おれはこんなことを思っている。聞いてくれ、みんな」、 それを聞きつけた人が、その夢や構想を成就するために、いろいろな知恵を広いところから集めてくれます。 そして、元気を出してみんなが響き合わせれば、そこに共鳴、共感が生まれる。日本は、四国は、元気になれると思っています。 夢や構想は大きな声で遠くに届ける。
 いくつになっても夢は持てると思いました。抱いた夢からは逃げてはいけません。もし、その夢が見えなかったり、 消えてしまったりするのは、自分自身が見ることをやめるからです。「無理だ。できっこない」 と言う他人や一般常識の思い込みに負けてしまうと、夢や希望は消えてなくなってしまいます。 どんなことがあっても言い出したときの情熱さえ消えてなくならなければなんとかなります。 今でも僕の場合は、後ろを振り向く余裕も脇を見る余裕もございません。ただ、前を見るだけです。 それはある面では言い出しっぺの情熱だと思っています。
 それともう1つ、今まで40年近く野球をやってきて、自分さえよければいいという考え方が結構ございました。 チームが勝とうが負けようが関係ないや。自分さえ成績が残せて飯が食えればいい。でもこの事業を立ち上げて、 若者のために、野球界のために、四国のために、日本のためにと背負うものが多くなれば、あるいは大きくなればなるほど、 人は頑張れるんだなと思っています。その事業が、価値とあるいは感動を生むようなものであれば、 それは社会から絶対支持されるんだ。2年間で、今実感できている感想です。
 この事業を立ち上げるときに五分五分だと言われました。採算が合うのかどうか。 五分五分だったら一歩スタートだと踏み出しました。僕の右足が動いたこと、その右足の動いた空気に動かされた人間が 僕の周りには何人かいます。今は、一歩を踏み出していい時期だと思っています。 一歩踏み出したものをいろいろな方がちゃんと評価をしてくれる時代背景があると思っています。 堀江さんがいい例だと思っています。あるいは今回の小泉さんがいい例だと思っています。 一歩踏み出す勇気を、できれば自らが持っていただきたい。踏み出そうかな、そういう気持ちも持っていただきたい。 そうすれば皆さんの力で、四国は、高知は変われると思っています。

 その踏み出す動機付けが欲しくなったときには、高知ファイティング・ドッグスのゲームを見に来てください。 彼らは寒いときも、暑いときも、雨の中も自分の夢をつかむために一生懸命額に汗して戦ってまいります。 その若者の姿に何か刺激を感じてほしい。何か感動を感じてほしい。その感じたもので、 自らが一歩踏み出してほしいと思っています。できたばかりの、そしてスタートしたばかりのよちよち歩きの野球チームで ございます。野球人を何人増やしたか、それが成功だとは思っていません。 「野球という事業が四国に来て、産業振興、地域振興につながって、いろいろな団体の横のつながりが良くなった。 みんなが元気になった。子供が礼儀正しくなった。ありがとうな、石毛」、 そのお言葉を一言いただいてわれわれの事業は地域密着、地元に根付いた事業だと思っています。
 まだまだやることはたくさんございます。いろいろと皆さんのご理解とご支援をいただきながら、このリーグを皆さんに愛していただきたいと思っています。