頭がわるい
「哲学は頭がわるい人がやるものです」というのは、大学・大学院のときに指導教官からよくきいた言葉です。わたしと哲学のつながりをご紹介するにあたっては、恥ずかしながら、わたしの頭のわるさを暴露しなければなりません。中学校の数学の授業でのことです。連立方程式を解きながら、数字や記号を左辺から右辺、右辺から左辺へと移動させているとき、記号の操作によって解を導くことの意味がわからなりました。その違和感はしだいに大きくなって、「マイナスとマイナスを掛けるとプラスになるのはどうしてか?」というように、数字と記号の世界を成り立たせる基本的な約束事にまで及びました。数学そのものがわからなくなってしまったのです。それからというもの、数学の授業中には、およそ数学的な思考をしなくなりました。どうして中学や高校を卒業できたのか不思議でなりません。
哲学との出会い
やがて、世界各国の文学を読みあさるようになりました。数字と記号からなる合理的世界への不信を別の世界によって埋め合わせていたのでしょう。とくにロシア文学やドイツ文学に夢中になりました。受験勉強をそっちのけで読書にいそしんでしまったため、紆余曲折のすえ、どうにか大学に入学しました。ところが、入学後には新たな失望に襲われました。いちばん好きなはずの文学の授業がつまらなかったのです。テキストに記号を見いだし、操作するゲームのような文学研究をまのあたりにして、数学に感じたのと同じ空疎感におそわれました。そんなとき、フッサールという哲学者の『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』に出会いました。近代の自然科学やその基礎にある数学の成り立ちを解明したその本で、フッサールは、数学の世界がどうして成立したのかを「問題」にしていました。そうしたことが問いとして成立することに感動しました。これはわたしが中学生のときに感じた問いだ、と。「数とは何か」 「1+1はどうして2になるのか」というのが、哲学においては大真面目に考え抜かれていたのです。このように、わたしが哲学を始めたのは、ものわかりがわるかったからなのです。
問いの力
哲学を教える職についてから、指導教官の言葉を思いだすことが多くなりました。そればかりか、学生のまえで頭のわるさについて語るようにもなりました。古代ギリシアの哲学者ソクラテスは、何かを知っているという思い上がりを避けて、知らないということに徹して生きました。彼にとっては、「他人に善いことをするのが正義である」 「死は避けるべきものである」という確かな知よりも、正義や死について知らないという態度こそが健全なものだったのです。現代社会においても、他人への善をかかげる正義はつねに独善の危険にさらされているし(超大国の外交など)、死を忌避するだけの生はときにみじめなものです(延命治療など)。哲学が哲学として社会に役立つことができるとすれば、あたりまえとされることにひそむ問題を見つけることではないでしょうか。頭がわるくて、あたりまえのことがわからないから、世界が謎につつまれる。「頭のわるさ」を「問う力」と言いかえるべきかもしれません。問うことで社会はよりよいものになるし、問うことの意義を認めてくれる社会はそれだけでよい社会である。そう信じながら、学生たちに哲学を教えています。