情報プラットフォーム 2010年2月号 No.269

ぷらっとウォーク

ダム湖の役割、パナマ運河の場合

早明浦ダムは、洪水調節、不特定利水、上水道、工業用水、灌漑、水力発電など、多目的な役割を持っている。ここでは、それとは別な特別の目的を持つダムの話をしよう。

話の始まりは、小学3年の時に父が買ってくれた短編集「心に太陽を持て」(山本有三編著、日本小国民文庫、新潮社、(1935))の「パナマ運河物語」にある。二人の主人公の似た響きの名前、「ゴーサルズ」と「ゴーガス」が子供心に大きな印象を残した。一人は工兵大佐であり、もう一人は軍医である。話のあらすじは以下のようである。

---スエズ運河を完成させたレセップスは
1880年にパナマにやって来た---

砂地の平坦なスエズ地峡と違って、固い岩盤の分水嶺が中央を走り、黄熱病やマラリヤの温床の熱帯林が拡がっていた。9年間の歳月を掛け、巨費を投じ、多数の犠牲者を出して撤退した。権利を買い取ったアメリカはこの難事業の最高責任者にゴーサルズ工兵大佐を選んだ。まず、彼は工事に当たる人々を大切にの大原則を立て、軍服を着ることもなく、人種のるつぼのような労働者達から慕われるようになっていった。また、運河の構造を水路式から閘門式に設計変更した。パナマ地峡中央部のガトゥン湖(海抜26mの人工湖)まで、大西洋側からは1つの閘門(2重の水門)、太平洋側からは2つの閘門で水位を変えて、船を持ち上げる構造である。

黄熱病やマラリヤを媒介する蚊の絶滅に効果的なのは、熱帯林や居住区の水溜まりを潰すことである。理解され難い地道な作業がゴーガス軍医の担当であった。

---全長82kmのパナマ運河は1904年から
10年を掛けて1914年に完成---

完全な理解とまでは行かないが、子供心にも壮大なプロジェクトの多様性、そして厳しさを知った。特に人々が気持ち良く働ける環境作りが成功の鍵であることも感じ取ることができた。その他にも大人になってから思い当たる知見は多い。その一例として、ここでは水資源のもつエネルギーのことを示したい。

人工湖を作ればそれがそのまま航路になることは子供でも十分に納得できた。しかし、海抜26mの位置にある人工湖の本来の意味を的確に理解していなかったことを、高学年になって知った。落差のエネルギーを持つ膨大な水量に価値があり、水門内に水を汲み上げるエネルギーは不要であることを知った。なお、1隻の閘門通過で19万トンの水が失われ、湖に蓄えられた位置のエネルギーがその分だけ減少する。太陽熱(太陽エネルギー)で蒸発した水は再び位置のエネルギーを獲得する。

ところで、「地球破壊 七つの現場から」(石弘之著、朝日選書405(1990))の第2章「埋まるパナマ運河-焼かれる熱帯林」によれば、1977年、1983年にパナマ運河の水位は大幅に下がり、吃水制限がなされ、ホーン岬を回らなければならない船舶も出てきた。水の枯渇に備えて1935年にはガトゥン湖の上流域にマデン人工湖を作っていたのだが、それでも足りなかった。熱帯林が農耕地に変えられたことが主な原因である。森林が持つ適切な流量調整の機能、「緑のダム」の役割が失われ、土砂の流入も増えて、ダムの貯水量が減ってしまった。中米はいま「緑なき地峡」と呼ばれ、生態系の破壊も深刻になっている。皮肉にも、伝染病の源であった熱帯林を失ったとき、深刻な環境破壊の問題が発生したのである。

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