私たちは、地域の企業を応援します。
財団法人 高知県産業振興センター
高知県中小企業支援センター
夢に消えた高知活性化策
手続きを踏んで提案したわけではない。投書したわけでもない。折に触れてそれなりの人々に話題の提供をしてきた。今では夢となってしまった繰り言を述べたい。「はりまや橋界隈の賑わい復活」に関わる複数の提案である。
その1はスクランブル交差点化である。{分離信号}(本誌・181.10〈2002〉)に記してある。関係する担当者の答えは、一瞬の考慮もなしに「車の渋滞が起こる」であった。
北環状道路と土佐道路が完成しつつあり、市内の東西方向の交通に問題は無くなる矢先である。この時代に車優先を捨てて「渋滞が起こってもかまわない」と何故言えないのだろうか。北側の横断歩道を交差点寄りに動かすには、土電の転轍器を移動する工事で済むことである。なお、土電の軌道は四方向自在にすることがより良い。ドライバーは本能的に渋滞を避ける知恵を持っている。よさこい祭りの土電通りの踊りは1回で終わりになってしまった。大変残念に思う。
その2は「柳の木を切る会」の結成である。電鉄ターミナルビルの純真お馬の仕掛け時計が、道路向かいの名物「はりまや橋」からは、柳が邪魔で見えない。音だけが聞こえる。「私が会長になり提案、よそ者が何を言うかの反論、ケンケンがくがく、市民総出で移植作業、某建設会社がユンボで協力、移植先は市の斡旋で交差点近く」が筋書きである。県を挙げての大イベントは全国的なニュースになる予定だった。台風で折れてしまった。
その3は連携した映画コンプレックスの形成である。土電通りを挿んで、南に松竹ピカデリーの3館が、北にポポロ東宝の3館があった。双方に興行案内標識を、そして横断歩道も含めて、路上に例えば、緑色(松竹へ)の、桃色(東宝へ)の足跡の道しるべを書くのである。見事な映画コンプレックスの誕生である。全て無くなってしまった。
その4は四国銀行本店のショウウインドーの夜間の活用である。地場産品だけではなく、優れた地場技術の展示に使う。地域を支える地方銀行が目抜きに存在することに違和感を覚える。
これで、追手筋から南はりまや町までも一体化した人通りが復活する。西武デパートの跡地も、柳の移植先と想定したバス・ターミナルの部分も生き生きとしたことだろう。
「高知駅周辺の活性化(ロの字道路)」の提案。高架工事に伴う新高知駅周辺をどのように使うかの議論が出ていた。高知女子大施設、県民ホール、県立図書館などを併設する案があったが、すべてが水泡に消えた。道路が駅の下を南北に抜ける案が没になり、ロの字に決着したのは不幸中の幸いである。中央駅の下を道路が通り抜ける都市構造は、国内外を含めて思い出せない。列車が出入りし、乗り降りするだけが駅の機能ではない。中央駅は人が集まり、滞留する場所である。予定していた大学の機能、図書館・ホールは、朝早くから夜遅くまで人を駅周辺に惹きつける役割を果たす。はりまや橋駐車場、中央公園駐車場は廃止である。「地下鉄駅のない地下商店街」に衣替えである。ここには「ひろめ市場」風のコーナーもあるだろう。重要なことはパーク&ライドの奨励である。JRと土電の遅くまでの、そして頻度の高い運転スケジュールが望める。山田駅や後免駅周辺の駐車場、そして旭町駅~いの駅までの周辺に沢山の駐車場を設置する。これで高知駅周辺には自然に商業施設が集まるであろう。赤提灯も増えて来るだろう。
高知駅を従えた女子大の施設は、工科大、高知大を含めたの大学連合体の利用できる社会人教育の場であり、老人大学の中心地ともなる筈だった。惜しいことをしたと思う。

