情報プラットフォーム 2010年10月号 No.277

ぷらっとウォーク

禍を福と成す遊び心で

 

高知で感じたことは、高知は宣伝が下手なことである。「行きがけの駄賃」が貰えることを知らない。「禍を転じて福となす」ことは考えない。素人の私から見ても歯がゆい。
  高知県幡多地域のドライブインでの話。高知に住むことが決まった1995年にレンタカーで県内を廻った。1時を過ぎ、2時になろうとしていたが、ランチに適当な場所は見つからない。一台も駐車していないレストランに入る気にはならない。意を決してとある食堂に車を停めた。年配のご夫婦と従業員一人の店である。尋ねると、通いで自分たちの車は店の裏側に駐めてあるとのこと。「道路から見える一番の場所に移動したら」に、「お客さんの駐車場です」と言いながらも渋々と場所を変えた。臨機応変が欲しい。「あと3キロ、○○」、「あと1キロ、○○」、「○○ここ」と期待を持たせるような表示は高知で見たことがない。また、達筆すぎて読めないロゴの店名は経営者の独りよがりである。
  たまプラーザの龍馬屋の開店は勤め先の起案書で知った。そこは以前住んでいた町。東京に出張の折に、今は孫と娘の住むその町に行ってみた。それらしい場所で改装工事が行われていた。大工さんに「何になるのですか」と尋ねたが答えは得られなかった。直ぐ近くでは、全国展開の量販店が開店に向けて改装中。「近日開店。乞うご期待」と大きく出ている。「何たること」と高知に戻って、県に問い質した。広告・宣伝は完成してからと思っているらしいのである。期待を持たせ、待ち遠しさを醸し出す張り紙の一枚が欲しい。
  板囲いのビル建設現場に、大人の、女性の、子どもの目の高さで、小さな覗き孔が開けてある。しかも「覗かないでください」と注意書き。進捗状況を見ずには居られない。施主や建設業者のユーモアが感じられる。高知では見られない遊び心である。
  ゆとりすとパーク大豊の風車を見に行ったのは1999年に出来て直ぐの頃である。何の説明板もないことに吃驚した。県民への啓蒙のために、子どもたちへの教育のために是非とも必要であり、設置した目的もそこにあると感じていた。早速、県の担当に問い合わせたが特別の答えは得られなっかった。落雷で羽根の一枚が破損した。横たわった羽根の前に、発電能力600kWであること等の仕様の説明板がようやく設置された。その巨大さに目を奪われる。禍が転じて福となったのである。部局間の連携不足か、あるいは思いも至らなかったのかも知れない。環境教育やCO²削減の絶好の宣伝の場ではないのか。予算獲得・執行の成果を広報する義務がある。首長名の記念の碑にはユーモアの欠片もない。
  なはり線の活性化について考える。野市のちんどんコンクールが中止になった。「禍を転じて福となす」の工夫が見られないのが残念である。提案の内容は、各駅にちんどん屋を配置し、駅間の上下の往復で一組がパフォーマンスを披露する企画、乗客は終点まで堪能し続けることが出来る。後免から奈半利まで、コンクールは広域化し、移動化する新機軸が生まれて来る。また、夜須の公民館は精力的に企画を立てている。ある時、森山良子のリサイタルを聴きに行った。会場は満員であった。帰りのなはり線は大混雑と覚悟していたら、我々とあと一組だけ、すべてが車であった。何故、なはり線と連携したチケット販売は出来ないのだろうか。それにしてもJR後免駅と土電後免町駅間の運賃は高すぎる。
  高知では連携することが苦手である。例えば、観光地図には、行政区画の中の名所・旧跡しか示してない。市町村の行政境界は観光客には関わりのないことである。

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