情報プラットフォーム 2011年3月号 No.282

ぷらっとウォーク

理系・文系は受験科目だけにしよう

見出しには、「文系教員 初の公務災害、石綿被害者、研究で中皮腫死」(2010.10.9 高知新聞)とある。神戸大の文学部長だった名誉教授の死亡を文科省は公務災害と認定したとの報道である。社会学が専攻。助手時代の地場産業研究で、化学工場での従業員の聞き取り調査中に、多量の石綿を吸ったことが原因とある。「社会学は文系」の固定観念の中で、記事を書いたと思われる。この記者は「連字符社会学」を知っているのだろうか。連字符とはハイフンであり、「(領域)-社会学」の形を意味する。「環境-社会学」、「地域-社会学」など、社会学の分野を限定するが、同時に領域の数だけ社会学の範囲を無限に広げる。文学部だから、社会学部だから文系と考えることが間違っているのである。裁判に関わる検察官、裁判官、弁護士は、法学部や法科系大学院を出ているから文系なのだろうか。刑事・民事を問わず、何らかの形で科学的・技術的要素が含まれない係争事件は無いし、法律は論理体系そのものである。また、心理学や精神医学はどちらに入るのだろうか。

文系と理系の間の無いはずの壁が思考停止状態を作っている。技術的問題に直面したり、論理的思考が必然である場合など、ものぐさ病が出て「私は文系だから」と思考を停止させるのである。それならば、経済のこと、司法のことなら分かるとでも言うのだろうか。経済問題も、法律問題も実は理系なのである。論理的思考が要求されるのである。

リポーターは「特殊なカメラで撮影した温度分布を見ると、…」とテレビ番組を作る。なぜ「赤外線カメラで撮影した…」と言わないのだろうか。

リポーター自身の不勉強を棚に上げ、素人の視聴者が理解できないと勝手に思い込んでの言いぶりである。思考停止を強要する「特殊な」よりは、具体的な専門用語を使った方がはるかに啓蒙的である。このリポーターは自分を文系と決めつけて、理科の範疇の受け入れを拒絶している。専門用語が無闇に使われるのは健康に関わる分野である。自分の健康や病気となれば、素人でも、時には的外れな蘊蓄もあるが、医者を困らせる程の知見を持ち得るのである。

高知工科大学に起業家コースを設置するに当たって「工学部に文系コースを置くのですか」との質問が多かった。大学の就職斡旋に依存しない学生、 起業出来る人材を作りたかったのである。コンビニを大学の近くに作りたいと女子学生が尋ねてきた時は、思惑通りと嬉しかった。末松学長も越田副学長もより凄いことを考えていた。芸術系学科を作りたかったのである。感性に支えられる右脳の世界である。情報メディアの進歩の中で感性豊かな人材が新しいアートを生み出す仕掛け作りを考えた。管理棟にスタジオを設け、また情報系学科に3Dの映像処理のできる空間を作った。京都精華大学のマンガ学科の先生方のアドバイスも頂いた。映画・演劇のプロデューサーや建築・アートのデザイナーを生み出す工科大でもありたいと願った。工業製品にアートとしての付加価値を付け得る人材を輩出できたら素晴らしい。理系や文系の分類ではなく、右脳と左脳の兼ね合いである。

科学者でも文学者でもある寺田寅彦のように、また好奇心一杯の牧野富太郎のようでありたい。暗記一辺倒の受験の仕組みの中で、受験科目を限定して、文系・理系の概念が出来てしまった。文系、理系は受験の科目選択に過ぎないと悟るべきである。ハーバード大学白熱講義、サンデル教授の政治哲学の講義を見た方も多いだろう。好奇心と探求心、そして思考過程が、そして、美しさにも感動できることが大切であることを示している。

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