公益財団法人高知県産業振興センター 高知県中小企業支援センター
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好きなもの テニス川柳 磁場に鉄
日本鉄鋼協会の月刊誌「ふぇらむ」の別刷が入っている封書が届いた。「拙文を載せましたので、お時間のある節にご笑覧ください」とのメモが挟んである。2011年の西山賞(学会賞)受賞記念特別講演であり、タイトルは「育まれ 鉄と歩みし 半世紀」、著者は浅井滋生氏(名古屋大学名誉教授)である。先生は名古屋大学に鉄鋼工学科が新設された1962年に同学科に入学しており、その後、溶融金属に及ぼす電磁場の機能を中心に、材料研究を精力的に進め、日本の鉄鋼業界の進展と共に学術的基盤を固めて来られた。まさに、受賞に相応しいタイトルであり、ユーモアに満ちあふれている。
驚いたことに、文章の終わりの方で私の名前が出てくる。何故? 電磁場と材料製造・組織制御を結びつけた領域は学会でも認知されず、分断されていた時代である。講演大会発表のグループ分けを取り仕切る分科会の主査を、私が仰せつかっていたときの記述である。「強引に、似たものの講演を集めて、電磁気冶金のセッション(発表グループ)を作ったが、時の分科会主査であった鈴木朝夫先生…は見て見ぬふりをしてくださった」とある。記憶がはっきりせず、見る目があったのかも不明だが、良いことをしたようである。
この頃、春と秋の講演大会のプログラム編成の後には、テニス好きが残り、翌日コートで汗を流した。積極的にテニスの企画を担当したのは浅井先生であり、また皆はそれを心待ちにした。川柳を笑読いただければと、「コートでは仕事で見せぬ エース打ち」と腕を披露し、「顔にしわ増やして脳はすべすべに」と謙遜し、「歳かなあ 妻という字を毒と読み」と愛妻ぶりを示している。また、毎年頂く年賀状の川柳は楽しみでもある。
浅井先生は2007年に、科学技術振興機構(JST)イノベーションプラザ東海館長に就任された。頂いたご挨拶の中で、高知で地域おこしを手がけている私の経験を聞かせてほしいとのご要望である。県別総生産が3位の愛知県と46位の高知県であり、比較にも参考にもならない。トヨタの工場見学旅行の感想を記した拙文{セイタカアワダチソウ、花見の旅}(本誌 No.230,11(2006))などをお送りしたと記憶している。「高知のこの花の美しさは愛知まで続いているが、愛知の繁栄は高知までは伝わって来ない」のような趣旨である。でも高知県は、人口あたりの喫茶店数で、愛知県や岐阜県と拮抗している。なお、JSTイノベーションサテライト高知は2005年に高知工科大学の一角に設置されている。 全国16カ所に配置されているJSTプラザやJSTサテライトの目的は、「大学などのシーズを発掘し、企業などのニーズにつなぎ、イノベーションに結び付ける」ことである。イノベーションには、技術革新だけではなく、経営革新なども含むと考えるべきであろう。H19年度の事業評価で全国16の中でトップに立ったと聞いている。ユーモアいっぱいの浅井先生の地道な活動の賜であり、かつ、名古屋という強大な経済圏の中での成果であろう。
今、日本鉄鋼協会の月刊誌「ふぇらむ」の2つの別刷を比較する。2000年の西山賞受賞記念特別講演のタイトルは「有用な機能の発現は相安定性の低さから-マルエージ鋼、金属間化合物、そして繊維強化複合材料-」である。私の付けたタイトルは、固く長すぎて、面白くもない。浅井先生のタイトルは 微笑ましく、創り出した成果を想像させる。趣味がテニスだけでは足りず、川柳も嗜むべきであったと悔やんでいる。このタイトルは寺田寅彦の和歌の援用だが、下の句をどのようにするかは悩ましい。なお蛇足であるが、1943年生まれの浅井先生と1932年生まれの私との年齢差は11歳、西山賞受賞にも11年の差がある。

