情報プラットフォーム 2011年11月号 No.290

ぷらっとウォーク

無重力下で脳ミソは何を考えるだろうか①

四半世紀前に考えたこと(BOUNDARY、8月号(1987)、p64~p66、コンパス社に掲載)を3回に分けて再録する。今も色褪せていない様々な提案を楽しんで頂きたい。


居間のソファーに座って、珈琲を飲みながら、テレビを見る。テレビの上にはフランス人形が、テレビは台の上に、テレビ台は床に置いてある。床の上のテーブルの上には珈琲の下皿やスプーンや夕刊が置いてある。本箱の桟の上に乗った棚には本が置いてある。本箱のガラス戸は引き戸になっている。壁にはゴッホの絵のコピーやカレンダーが掛けてある。部屋の天井には照明器具が吊ってある。もちろん手に持ったカップの中には液体の珈琲が入っている。

このような情景は無重力下で実現することは不可能である。置く、掛ける、吊る、乗る等の物の存在状態を示すために日常よく使う動詞は無重力下では意味をなくしてしまう。宇宙船の中はヨットのキャビンの中と似ている。すべてのものを置くのではなく、固定しなければならない。置物・掛軸はない。朝起きて歯を磨くとき、歯磨きのチューブとその蓋はそのあたりに仮に置く。定期券、財布、手帳、ハンカチ、鍵など出勤まえにテーブルの上に置いて忘れ物の点検をする。日常、当たり前にやっていることが宇宙船のなかでは大問題となる。搭乗科学者が試料をカプセルから取り出し、装置に挿入するような実験操作はそれとして、空になったカプセルを、そこら辺に置くというわけにはいかない。

子供の頃、鉢の中の金魚を眺めながら、金魚に生まれなくて良かったと思った。なぜならば自分の、また他人(他魚)のうんちの中を泳ぎ回ることになるからである。母にそう話したら「人間だって似たようなものよ。オナラはそれと同じでしょ。それは平気なの」と言われて返答に困ったことを覚えている。

宇宙飛行士の浮遊訓練のシミュレーションとして水中動作が利用されているように、無重力下では金魚と同じ状況になる。宇宙船内では実際にこのようなひどい事にならないために、トイレやシャワーにさまざまな工夫がなされている。カップの珈琲を宇宙船で飲むことはできない。固形物以外のすべての食料はチューブ入りでなければならない。

縄張りとは面の上に引かれた境界線に囲まれた範囲であり、平面的なイメージが強い。土地所有者には採掘権や地上権がその土地に付随して原則的に認められるが、地球の中心まで、宇宙の彼方までの権利はない。牛や羊の放牧場は柵があるだけである。柵は動物が跳び越すことができない程度の高さでよい。無重力下での囲い込みは線(2次元境界)ではなく、面(3次元境界)で行う必要がある。跳ぶ、飛ぶ、揚がる、乗り越える等のような、面を離れた移動を記述する動詞はその本来の意味を失ってしまう。

タイムトンネルが可能か否かはさておき、われわれは時間軸の行き来はできないが、ともかくも4次元の時空間に住んでいると信じている。本当にそうだろうか。結晶構造を立体感を持たせて紙の上に書くことは何とか出来るが、転位のまわりの原子配列を書いて転位を理解しようとしても、労多くして役に立つとは思えない。3元状態図(平面上に3つの組成を示す三角形、縦軸に温度を示す立体表現の図)の講義ではもっぱら立体感を養ってもらうために時間が使われる。立体感を持つことは大変むつかしい。(つづく)

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