情報プラットフォーム 2013年3月号 No.306

ぷらっとウォーク

一富士二鷹三茄子

一富士の初夢に相応しい番組を正月早々に見た。NHKのEテレの日曜美術館「究極の美 北斎の富嶽三十六景~北斎が見た富士を探せ!」である。番組は、各風景がどの地点から見たものかを探す試みを中心に話が進んでいく。いくつか例を紹介する。

「凱風快晴」は赤富士と呼ばれるものである。凱風(がいふう)とは、穏やかに吹く南風であり、山肌に朝日を受けて輝く赤富士が浮かび出る気候である。三つ峠山(北北東)からの眺望と考えている。若いときに登った三つ峠からの眺望を思い出していた。

「甲州三嶌越」は、巨木の幹で見えるはずの宝永山を隠し、左の稜線をなだらかに連続的に見せていると考えられる。三人の旅人が手をつなぎ背伸びして木の胸高直径を測っている。風景画に加えて漫画になっている。更に休憩している旅人、用心しながら坂道を下る女の旅人が描かており、風俗画でもあり、不思議な絵である。

「神奈川沖浪裏」は誰でも思い浮かべることができる絵であろう。大きな波頭の下に富士と翻弄される船が見える構図である。波の形状がカオスを表現しているといわれている。

「尾州不二見原」は"桶屋の富士"と呼ばれ、桶の内面を削る職人の向こうに富士が配置された構図である。番組では、尾張から富士が見えるか否かを検証している。地球の曲面を考慮し、絵にある富士は実は南アルプスの聖岳(標高3,011m)であると結論している。

二つ目は二鷹であるが、また富士である。NHKのBSプレミアムの「知られざる在外秘宝、北斎漂流~初公開 謎のイスラエル・コレクション」を見た。北斎の「富岳三十六景」を始めとする浮世絵の名品がイスラエルで発見された。知られざる浮世絵を巡る奇跡の物語である。ユダヤ人の画商F・ティコティンが二度の世界大戦の間、命がけで守り抜いた3000点を超えるコレクションが100年の流転の後にイスラエルへ辿り着いた波乱の物語である。今ではハイファの「ティコティン日本美術館」に収められている。

文明開化・富国強兵を必須とした明治時代には、固有の伝統を時代遅れと考えた日本人が多数派となった。一方で、人類は万物の霊長であり、自然は支配できるものと信じていた欧米人にとって、日本文化の様式や表現方法を新鮮に感じ、取り入れようとした。黄金分割ではない画面、対称性や遠近法に頼らない構図で描かれた浮世絵は思いも付かない芸術表現であったと想像できる。これが「構図」のジャポニズムである。

三茄子は「北斎漫画」ならぬ、北斎の日常生活や創作活動を描いた杉浦日向子の「百日紅」(ちくま文庫、1996/12)である。この漫画を参考にすれば「富嶽三十六景」は単なる風景画ではなく、富士とともに暮らす人々の営みをも描いている風俗画でもあることがわかる。歌川広重の「東海道五十三次」、「名所江戸百景」にしても、庶民の日々の生活、季節の移り変わり、市井の雑踏、職人の巧の技などが描かれている。浮世絵や草双紙や役者絵は今の大衆紙に相当する。

役者絵、美人大首絵、妖怪画、風刺画、春画などは庶民のニーズに応える江戸時代のポップ・アートである。絵画の対象は歴史画、宗教画、肖像画と思い込んでいた欧米人に衝撃を与えた。これが「対象」のジャポニズムである。

四扇五煙草六座頭と一括しても最後はやはり富士である。片岡球子の「富士山シリーズ」を挙げなければならない。また、歌川国芳や歌川豊国、そして足利尊氏などを描いた「面構シリーズ」の中の 飾北斎は素晴らしい作品である。北斎の描いた信州・小布施の祭り屋台の天井画を背景にして北斎を描いた「面構」は片岡球子の気迫が伝わってくる。

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